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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)358号 判決 1949年7月30日

被告人

岩塚新造

主文

原判決は之を破毀する

本件を岐阜地方裁判所に差戻す

理由

依つて記録に基き審按するに

原審は本件第二事実に付き

一、昭和二十二年五月十一日頃、岐阜縣吉城郡古川町大字三之町四十番地柏木喜久造方に於て、同人に対し今月中に必ず返済するから是非五千円貸與されたい、現金で返済できねば、お宅で入用な米で返済する旨申欺き、即時同人より金五千円を受取り騙取し

二、同年十二月二十五日頃高山市一之町八十六番地自轉車商玉井末太郞方に於て、同人に対し明年一月十五日枕木を賣つた代金が手に入るからそれで支拂ふ故自轉車一輛を賣渡されたい旨申欺いて即時同人より自轉車一輛を受取り騙取し

と判示し其証拠として柏木喜久藏並びに玉井末太郞に対する各司法警察員の供述調書を引用挙示したに止まつてゐる。

しかし右両名の前記供述調書を査閲するに

(一)柏木喜久造の供述記載の要旨は

昭和二十二年五月十一日午前十一時前後に私が自宅に居つたとき岩塚がたづねて來て私に対し「金が五千円いる事があるから貸して貰いたい今月中に返済するから是非おかしねたいたい、金で返せなかつたらお宅で米が入用だと言つてあつたから米で返す」と賴むので私も日頃の交際の関係から別に深く本人の氣持を穿さくする事もなく信用して手持ちの現金五千円をその場で貸してやりました。その月中に返しに來るのだと思つていたが全然寄りつかないので私が六月十日前後に岩塚の家に行つて本人が居たから請求したところ「四五日中に都合して返済するから待つて貰いたい」と賴んだからそれをあてにして待つて居たが遂に米も金も持参しませんでした

とあるに止まり被告人が右柏木喜久造から金五千円を受領したことは之を認めるに充分であるが其際被告人が右喜久造を欺罔する意思を有して居た点については何等の証拠を発見することが出來ない

又玉井末太郞の前記供述調書を査閲するに

岩塚は丁度私の店へ見本用として新品の自轉車が一台來て居つたのでそれを見て「大変よい自轉車だが欲しいが賣つてもらへんか」と言ふので私は之れは一万三千円の品物であるが現金でなければ賣らんと言ひますと何んでも「自分は枕木を賣つて居るので一月十五日に、五、六万円が入金することになつて居るから何んでも賣つてくれ」と言ふので私は顏も知つて居る人だし本当だと信用してその新品の自轉車一台を渡してやりました。其の後度々請求したが一度岩塚の母親が五百円支拂つたのみで其後岩塚とは一回も面接することが出來ず結局岩塚新造に欺されたのであります旨の記載があるのみで之亦被告人が前記玉井末太郞から自轉車一輛を受取つたことを認め得るに止まり其際被告人が右玉井を欺罔する意思を有して居た点については何等の証拠をも発見することが出來ない。

惟ふに詐欺罪の構成要件は契約の当初に際つて相手方を欺罔する意思を有して居た点に存するのであるから原審は須く此点に着眼して審理判決しなければならない。即ち此点に関し被告人の自白がある場合は該自白をも引用挙示すべくまた其他の証拠中例へば檢察官の聽取書中等に此点の証拠を発見した場合は適当の方法を以て其証明力を確め之を引用挙示する等深甚な注意を以て判決に誤りなきを期せなければならない。

然るに原審は事茲に出でず漫然被害者の供述記載のみを捉へ被告人の有罪を認定したのは審理不盡の違法があると共に判示事実と証拠説示との間に齟齬を生じ結局理由齟齬の違法あるに帰着するものと謂をなければならない。

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